いつも、がけっぷち その他
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36年前の中村哲さんの思い出

中村哲さんの功績については多くの記事が出ているのであえて書かない。
実は36年前、パキスタンで哲さんに会っている。
まだ23だった僕は、アフガン紛争の取材でパキスタンへ行った。当時アフガニスタンはソ連軍が侵攻して4年目で、多くの難民が国外へ避難、傀儡政権と戦う反政府勢力はパキスタンを拠点にしていた。
初めての中東、初めての戦場取材が不安で何か情報を得られないかとまずイスラマバードの彼の自宅を訪ねた。知り合いの日本の牧師さんの紹介だった。
あいにく自宅には哲さんは不在だったが、留守番の現地の方が快く泊めてくれた。その後、アフガンの反政府勢力が拠点にしているペシャワールに向かった僕は、すっかり哲さんのことを忘れ、従軍取材の準備をしていた。
そんなある日、ひょっこり哲さんがペシャワールに現れた。「なぜ僕のところを訪ねたの?」アフガンへ行くという向こう見ずなフリーランスの若者のことを心配してくれたのだろう。わざわざイスラマバードから来てくれたのだ。
それから二人で夜のペシャワールを歩いた。パキスタン人とアフガン人で賑わうペシャワールは妙に活気があった。夜の街には屋台も並び、行きつけのボロいアフガン料理屋でカプリに舌鼓を打ち、これからアフガンへ行くこと。現地の地区司令官と日本で会い、彼の手下とともに国境を超え、徒歩で前線までいくことになっていること。ひどい状況のアフガンのことを少しでも日本に伝えたいと話した。哲さんは難民キャンプの惨状と医療活動の限界について嘆いていた。
30代半ばの哲さんはパキスタンに赴任して数年目だった。まだあのペシャワール会も立ち上げてなかった。僕もパキスタンで難民を治療するお医者さんなのかなという認識しかなかった。ただずいぶん暖かい人だな、と感じた。

自画像アフガンs

その後、僕はアフガンへ向かった。以来、哲さんとは会っていない。
時々、ニュースで哲さんのことを聞くと、ああ、頑張っているなあと感心していた。やがて彼の活動が、頑張っているどころじゃない、すごいことをやっているとわかってきた。そしてそれは理想を貫く彼の生き方への羨望と変わっていった。
いつか哲さんと会いたいな。僕のことを覚えているだろうか?そんな日を楽しみにしていると、某ノンフィクション賞に僕と哲さんの著書がノミネートされたという知らせが届いた。ノミネートされたことより、哲さんと同じまな板に乗ったのがうれしかった。結局、哲さんがその賞を受賞したのだが、これが縁で会うことになるのかな、とも思ったが、そうした機会は訪れなかった。



僕の仕事は哲さんの足元にも及ばないが、アフガン以来30数年間それなりにさまざまなことがあった、いつか哲さんと再会しあれからどんなことがあったか話したいなと思っていた。
だが、悲しいことにもうその日は永遠に訪れることはなくなった。こんなことならもっと早く会いに行けば良かった。

中村哲s


短い出会いだったが、哲さんのことで、忘れらないエピソードがある。二人ともパジャマのような民族服に身を包み、夜のペシャワールを歩きながら「中村さん、すごくおいしいマンゴージュース屋がありますよ」「まあ、パキスタンのマンゴーはうまいからね」「いやうまいなんてもんんじゃないです。騙されたと思って行きましょう」「そう、そこまでいうなら」
屋台のジュース屋でマンゴーをミキサーしてもらい、二人で飲んだ。一杯30円くらいだっただろうか、その瞬間、「なんじゃー、こりゃー!」目をまん丸くして驚いた表情の哲さん。まるで子どもみたいな顔をしていた。その日はまた特別おいしいマンゴーが入荷していたのだ。
ふたりで「なんじゃこりやー!」と言いながらマンゴージュースをお代わりした。あれほどうまいマンゴージュースを以来、飲んだことがない。
今となっては忘れられない思い出。涙が止まらない。
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野口健さんから写真集をいただきました

昨日の野口健さんとのトークショー。終わった後に野口さんが写真集をプレゼントしてくれた。
写真家の方に写真集をお渡しするのはお恥ずかしいのですが、と謙遜されながらいただいたのがこの2冊の本。
ざっとめくって、そのクオリティの高さに驚いた。8千メートル峰に登る人にこんな写真を撮られたら、われわれのような写真家はお手上げだ。
なぜなら彼にしか見ることのできない世界がそこに広がっているからだ。命ぎりぎりで山と対峙している人間にしか見えない世界....

野口健サイン

それをプロ顔負けのセンスで切り取っている。
ちなみに装丁は2冊とも三村漢さん、実は昨年11月、私が野口さんと会いたいというと、橋渡しをしてくれたのが共通の知人である三村さん。その時は野口さんも僕もネパールとの行き来で忙しく、実現しなかった。
それが今回、ボラ仲間のイベントで、ひょんなことから対談が実現した。
忘れられてしまった感のあるネパール大地震。私の映画と野口さんの行動力を合わせ、再び関心を呼び戻すとともに、ネパール観光復活のきっかけにならないかと密かに期待している。

野口健1

パリのテロ事件に思う

23の時、アフガンに行った。ソ連が侵攻し、住民を虐殺し、500万人と言われる人々が国境を越えて難民となっていた。男たちは皆、銃をとり、ムジャヒデンとなり、戦っていた。
写真家を目指していた自分は、写真の力と自分の可能性を信じて、そんなムジャヒデンたちとパキスタンから国境を越え、アフガンの戦場へ向かった。

afghanistanblog.jpg

取材を終えた後、仲のいいムジャヒデンの男がこんなことを言った。
「家族のうち誰かが殺されたら、必ず仇をとる。相手がまた殺したら、必ずまた家族を殺す。それが俺たちの美学であり、流儀だと」
それではお互い家族が全滅してしまうじゃないか」
というと。
「たとえ、全滅しても相手を許さない」という。
あれから30年以上の年月が経った。世界中で憎しみの連鎖は止むどころか増すばかりだ。
憎しみの連鎖をどこかで断ち切らなければならない。その芽を摘まなければならない。
パリのテロの報道に接して、あの時友人が発した言葉と、その時感じた深い絶望を思いださずにはいられない。

奥多摩イリュージョン

ドローンというと、評判がなにかと悪いが、映画制作などで生かしたいと思っている。
これは奥多摩湖を撮影した動画。
そのままだと観光PRムービーみたいになってつまらないので十兵衛に出演してもらった。



十兵衛を林の中でドローン撮影

十兵衛のドローン動画。
お遊びです(笑)


プロフィール

lamafa

Author:lamafa
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ライフワーク、大自然と人間の共生をテーマに二つの目線から撮影を続ける。
1、地球46億年の歴史を、空から撮る。
2、祈りを通して、人間の内面世界を露わにする。

これまで講談社出版文化賞、日本写真協会作家賞,同新人賞他、受賞多数。
 Life, Paris Match, Geo、National Geographic など海外のメディアでもフォトストーリィを発表
著書に「祈りの大地」(岩波書店)「伊勢神宮 式年遷宮と祈り」(集英社)「 鯨人(くじらびと)」集英社新書 
写真集 「The Days After 東日本大震災の記憶」飛鳥新社「伊勢神宮、遷宮とその秘儀」 朝日新聞社
 「海人」新潮社
フォトエッセイに 「時の海・人の大地」 魁星出版、「フリスビー犬、被災地を行く」飛鳥新社がある。

東京都町田市在住 大分県出身
日本写真家協会会員

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Twitter bonlamafa

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